2011/03/31

あい、、、とか、かんしゃ、、、

Yoga仲間のTakuyaくんのBlogを見ていたら、放射能問題の解決策を見つけました。

これは、いいアイディア!


国会とか内閣会議とかでも、やればいいのに


東電の会長さん、あなたが一番恩恵を受けていたでしょ
きちんと感謝しなさい、いい年して。



さあ、みんなで作業に取りかかりましょう。



自分の中の波動も変るはず

出来ることから少しづつ。。。



免疫と言うのはストレス0の状態

つまりその人の体の情報が愛と感謝に満ちている時に

パーフェクトになるのだと気が付きました。


と言う事は

放射能の情報は、全くその逆の情報である事が推理されます。

愛の反対は憎しみ、感謝の反対は恨みですから

憎しみと恨みと言う、まさにネガティブなエネルギーの塊の情報である訳です。


でもそれが分かれば怖い事は有りません。

放射能に対処するには、いつも愛と感謝の思いを持ってれば良いと言う事になります。



波動研究家の江本勝さんのコメントより


水も波動であって、良い波動を意識的に送ってあげれば水も浄化される!

愛と感謝だね。

この気持ちを、爆発してしまった福島の原発、汚染されてしまった大地、水、空にも送りたい。

水道水が飲めなくなってしまったといって、水道からでる水をいやなもの扱いしてしまっていた。
いままで安全な水をいつもありがとうと感謝する。
地球上の皆のための水を汚してしまってごめんなさいと誤りたい。
これからもぼく達はずっと一緒だよと、愛を送ります。

原発も同じだね。
いままでぼく達のために一杯働いて電気を作ってくれてありがとう。
それなのに、こんな目にあわせてしまってごめんね。
もう大丈夫だよと、愛を送ります。

ぼく達の意識が波動となって、木々も水も空気も動物達も、地球上のみんなが幸せになるよ。。。

Takuyaくんのblogより




わかめとか、こんぶとか拾って、夕焼け見て

そんな日々がとてつもなくしあわせ。

2011/03/30

ありがとう

3/24の所で、福島原発の「廃炉」を求める有志の会というところで緊急署名を
福島原発の「廃炉」を呼びかけて署名を集めてい ます。

http://fukushimahairo.web.fc2.com/

というのを載せましたが、

1〜4号機の廃炉「判断以前の問題」東電会長方針に枝野氏、

産経新聞 3月30日(水)17時29分配信

 枝野幸男官房長官は30日午後の記者会見で、東京電力の勝俣恒久会長が福島第1原子力発電所の1〜4号機を廃炉する方針を示したことについて、

「客観状況ははっきりしている。判断以前の問題だ」

と述べた。



さらに、エネルギー問題に今までも取り組んできていた中村竜くんのブログからの情報だと

14基の原発新増設、見直し…太陽光など重視へ

 政府は29日、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、2030年までに少なくとも14基の原発の新増設を目標に掲げた「エネルギー基本計画」を見直す方針を固めた。

 新たな基本計画は、原発重視から太陽光などクリーンエネルギー重視へと転換する考えで、14基の原発建設計画の中断や大幅延期は避けられない情勢だ。

 菅首相は29日の参院予算委員会で「太陽光などクリーンなエネルギーについて、日本のエネルギー政策をどうするべきか改めて議論が必要だ」と答弁。

海江田経済産業相は閣議後の記者会見で「基本計画は、これまでと同じような形ではいかない。政府全体でエネルギー政策をどうするのか話をしなければいけない」と強調した。

Yomiuri Online(2011年3月30日05時37分 読売新聞)


出来る事から始めましょう、本当にいいものを、よい事を。

きのうも きょうも いままでも



何かしても、何もしなくても

日は暮れる。



きのうも。

 

きょうも、今までも

2011/03/28

海や、波の、鼓動とか

ニュースとか、ネットに溢れる情報を見すぎてか

一向に、体調というか気分というか、優れない。


久々に、聞いてみたhacomacoさんのおと

優しい時間が流れました

これもまた、おなじ地球上で起きていること




久しぶりに、波の音をききました

なんともいえぬ安心感がありました。

すてきな夕食

やっぱり、実家は良いものです。


きりぼしだいこん、たべたい、おあげ入りで、

あとカボチャの煮物も作って。

冷蔵庫に煮干しなかった?赤ダシ飲みたいなー。
  
え、さんまも焼く?

じゃあ、大根おろしでしょ!

ポン酢ある?



という具合に

私が、さざえさん見ている間に出来上がりました。

お父さんありがとう。



もちろん、おいしー

2011/03/24

Power to the People

朝1番にラジオから聞こえてきた

ちょっと元気になった

I just wanna live while I'm alive

Because it's my life



意外とボンジョビン、あがりますよ。


そしてもう1曲、もう、寝ぼけてちゃいけない時代ですよ

そう、世界は変わっちゃったんだから。

私たちから、変わって行かなくっちゃ。



全然違うけど、今日の気分でした。

名古屋は雨がポツポツ、そう No Rain No Rainbow.

No, More Drama!

今朝起きてPCを開き、最初に見たニュース

「原子炉、再開への準備」

だいじょうぶですか?

ねぼけてるのは、私だけで十分。


もう、原発や、放射能関連のニュースはできるだけ見ないように惑わされないように

だけど、出来る事だけはしっかりとやっておこう。

いま、私に出来る事。

元気が出せない、お金もだせない、私に出来る事。


※以下、Transition Hayamaのメーリングで回ってきたものを転送しています。

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福島原発の「廃炉」を求める有志の会というところで緊急署名を
福島原発の「廃炉」を呼びかけて署名を集めてい ます。

http://fukushimahairo.web.fc2.com/

郡山市長の要請を積極的に受けとめ、ただちに福島原発10基の「廃炉」を決めてください。
3月19日の午後、原正夫郡山市長が「廃炉」を訴えたことを、重要な契機として生かさなければ、と思います。 もう一つは、刻々、ヒバクの恐怖が、私たち市民にも襲ってくるかもしれないとき、今までヒバクを前提として動かされていた原発に、多くの関心を寄せなけれ ば、と思います。

ぜひぜひ、この署名を広めるために、ご協力下さい。

署名用紙
⇒ダウンロード(PDF 171KB)
署名用紙
http://fukushimahairo.web.fc2.com/download/FHShomei.pdf
送付先は署名用紙をご参照ください(連絡先の番号はFAXも受け取れます。ただし、計画停電にかかった場合は受 け取れません。時間をおいて再送願います)
JPEG 総理大臣あて
http://fukushimahairo.web.fc2.com/img/FHShomei_p1.jpg
JPEG 東電あて
http://fukushimahairo.web.fc2.com/img/FHShomei_p2.jpg

メール署名

fukushima.hairo@gmail.com

署名方法:上記アドレスに氏名(ハンドルネームは不可)

住所を書いて送信して下さい。
識別のためメールのタイトルを「署名賛同」として下さい。

署名での個人情報の取り扱い、本署名、メール署名での個人情報は
本署名行動のため以外には使用しないことを約束いたします。
メール署名でのメールアドレス等個人情報は署名 行動終了後廃棄します。
提出日も提出方法もこれから検討します。

追って、ここにお知らせします。

取り急ぎ。

福島原発の「廃炉」を求める有志の会


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さて、署名でもするか。。。

2011/03/23

Lady

私はわがままでせっかちで、少し不安定。

ミスをおかすし、自分をコントロールできないときもある。


でも、もし、あなたが私の最悪なときにきちんと扱ってくれないのなら

私の最高の瞬間を一緒に過ごす資格はない。


マリリン モンロー

2011/03/22

koji kasatani展




だいすきなちゃらさん(かさたにこーじさん)の個展が銀座にて始まっています。

ちゃらさんは、生きてるアート、動くアート。

そして、とても、思いやりのあるアートさんです。

是非、足を運んでみて下さい。

たぶん、わらえます、心の底から、たぶんね。




笠谷耕二展

2011年3月21日(月)~26日(土)
11:00-19:00(最終日17:00まで)
@ガレリア・グラフィカbis
東京都中央区銀座6-13-4銀座S2ビル1階 / 03-5550-1335

春よ、こい。

自分の思いどおりにならないことが、みとめられなくて

もがいて、わめいて、あたって、おこって、ないて、、、



自分の思いどおりに人がならなくて、もっとみとめられなくて

せめて、すねて、ひねくれて、ないて、たよって、、、

それでも、おもいどいりにいかないと、、、

もう、一生きらいになる準備ができてくる

自動的に。



もう今まで何人と、そうしてきたか?



あの人は元気だろうか、あいたくもないけど、そういう風に思うのは

未処理で、人間関係を終わらせる事しか、

傷つけてでしか終わらせる事しかできない私の、

生きてきた残骸。



そして、わたしは、また、学ぶ事をせずに、怖がって憎しみと恐怖で

これを、乗り越えてゆくのだろうか。


それは、私が正面から向かい合うまでつづくカルマなんだろうか。



今は、

まだ、できそうにない。



でも、きっと


この気持ちが薄れていく頃に来るだろう



春よ、来い


きっと、来い。

水曜の朝ヨガのお知らせ

毎週水曜日に開催していたCINEMA AMIGOの朝ヨガ
逗子、葉山の皆様も計画停電や、また避難生活を送っている方は心と体が離れてしまったり
色々な変化で不安になったり、こもりがちになってしまったりという話しを聞きます。
こんな時こそ、体を動かし、瞑想をし、自分のセンターをもう一度確認して生きたいですね。

残念ながら、明日のヨガ教室も先週に続きお休みとさせていただきます


出来るだけ早く皆さんとまたピースな時間を共に出来たらと思っています。
来週、または4月からの再開を目指し調整をしています、情報はこのブログでまたアップしますので
チェックしていて下さいね。



そう、ここからです!

Om shanti!

...

知恵がある奴は知恵を出そう.

力がある奴は力をだそう.


金がある奴は金を出そう.

『自分は何にも出せないよ・・』

っていう奴は

元気出せ.


2011/03/17

大好きな場所へ



歩いたり



立ち止まったり

たちどまったから

みえる、ものがある



そして、だいすきな場所へ帰ろう

2011/03/16

Amigoでの朝ヨガ

Cinema Amigoで毎週水曜日に開催していたヨガ教室

今日はお休みとさせて頂きます。

ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします!


※なお、映画状況やランチ、お隣のわかなぱん前での
ウェンズデーマーケットは開催予定ですので
みなさんご利用下さい。
たかいく農園さんによる生ゴミ回収も実施中!

2011/03/15

西へ、東へ

私は、今朝西に向かいました。

実家のある名古屋を目指して、とりあえず。

その途中、たくさんの荷物を積んだトラック

九州を始め、他県ナンバーの、救急車と消防車が一生懸命に東へと向かっているのを

東名高速に乗っている間中横を通ってゆきました。


逃げる私たち、向かう彼ら。。。

ただただ、彼らがたくさんの人を温かい気持ちにさせて

また、それぞれの家族のもとに戻れますように。。。

ありがとう。

みんな、がんばろう。

2011/03/12

とりあえず

辻堂で7時間の足止めをくらましたが
何とか、逗子まで帰ってくる事ができました。

無事です

2011/03/10

Tear Drop

そーとー昔に見た記憶のあるこのMusic Video
この曲のカヴァーをいろんな人がやってるけど

この間の、新月アミーゴのCandle Nightで
ゲンちゃんがカヴァーしてたの、すごい良かったよ




Love, love is a verb Love is a doing word
Fearless on my breath

Gentle impulsion Shakes me, makes me lighter
Fearless on my breath

Teardrop on the fire
Fearless on my breath

Nine night of matter Black flowers blossom
Fearless on my breath

Black flowers blossom
Fearless on my breath

Teardrop on the fire
Fearless on my...

Water is my eye Most faithful mirror
Fearless on my breath

Teardrop on the fire Of a confession
Fearless on my breath

Most faithful mirror
Fearless on my breath

Teardrop on the fire
Fearless on my breath

You're stumbling a little

死なない子ども

死なない方法があります。

そう、いわれたらどうしますか?


今、CinemaAmigoで上映中のドキュメンタリー映画「死なない子ども」

荒川修作という現代アーティースト、そう呼ぶのはしっくりこないが
彼の考えでは、人間の生命のメカニズムのは、その死ぬという運命を変える事ができる
その運命を変えるには、環境を変える
環境を変えるには、雰囲気を変える
雰囲気が変わるには、人間という有機体を変える
その集大成として建てられた、三鷹に「天命反転住宅」を作った。

ここには人間が死なないようになる生活ができるというのだが、、、、



映画を見終わった後に、なにか死なない生き方を思い出しました。
そう、もう私たちは知っている。

この映画、
Cinema Amigoでは今週金曜まで、急いで見に来て下さい
死なない生き方があります。

2011/03/09

恋と愛

友人のユカリシャスのブログで素敵な話しに出会いました。
かわいいかわいいMAYOとの会話、、、

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一直線でいろいろ 質問してくる彼女は今、10歳。

「愛と恋って、どう違うの?」

ワォ☆
私は、いきなり大人ぶって、

「恋は叶わぬもの. 愛は育むものなのさ~~」
...なんて、調子に乗って答えたりした。。。

次の日、彼女が学校から戻ると、

「恋と愛の違いがわかったよ❤」

「恋っていう字はね、心が下にあるでしょ。 だから、下心。
愛っていう字にはね、心が真ん中にあるから、真心なんだよ❤」

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真心で人を愛したいです
心が下がってしまわぬように

常に意識とマインドを高くもってね
Love of Center

ありがとう、マヨ
また、ロウソクで湘南作ろうね。

あ〜
いい話しで眠りにつけるわ、幸せ。

2011/03/06

今だからみんなで考えたいこと

いしだ壱成さんのブログより


今だからみんなで考えたいこと


いま一度、世界中がWebでリアルタイムでつながった今、改めて原子力発電所について書いてみようと思う。

ご興味のある方は一つの読みものとして目を通して頂けたらとても有難く思う。

あくまで、いち体験談として。
で、構わない。

推進派の方は勿論、反対する方は無論、特にどちらでもない、という方には是非に。

勿論興味あれば、で構わない。

さて少し前の話しになるが、先月山口県庁前で若者たちによる上関原子力発電所建設反対を訴えるハンガーストライキがあった。

その直後、約300~400名ほどの作業員が深夜、闇討ちをかけるかのように上関原発建設予定現場に集結した。

無論、新原子力発電所の建設工事着工の為に、だ。

上関原発建設が決定されてから、過去おおよそ30年もの間、建設に反対して来た祝島の島民の方々をはじめ全国から建設をやめて欲しいと集まった反対派の身体を張っての抵抗。

そうして現地の方々が、その身体を投げうって自然を、自分たちの島を、海を、そこに住まういきもの達すべてを守って下さったおかげで、工事は今現在、ストップしている。

だが、いつ再開されてもおかしくない状況だ。そうして、過去からずっと同じ状況が続いている。今も。この瞬間も。

当夜、全世界中に上関の真夜中の奇襲攻撃のニュースは主にTwitterなどを経由して、インターネット上を飛び交った。

日付けでいうと、2/21の確か午前2時前後だったと思う。

まさに、ひと眠りしようとしていた矢先のことだった。

とにかく僕にとっては大事件だった。ベッドから飛び起きてパソコンを立ち上げた。

次々と送られてくる転送メールやTwitterなどを経由しながら、こちらも夜を徹して現地からの動画配信などで状況を見守りつつ、作業員への説得や建設中止を中国電力に現地で訴えてくれている島の住民の方々と現地に集合してくれている反対派の方々へ、心からのエールを送り、ただただ祈った。

争いにならない様にと。

衝突が起こらず、作業員が説得に応じてくれて、着工作業を停止してもらえる様にと。

何も綺麗ごとなどでこんな事を書いているのではない。

僕は体験したことがある。

その衝突を。

そういう時に起こりうる実は誰も望まない衝突を。

たしか自分が11歳ぐらいの頃だった、二歳のとき両親が離婚したあと、母子家庭で当時は母と母の恋人と山のなかで三人で暮らしていた。

旧ソ連(現在のウクライナ)のチェルノブイリ原発が大爆発を起こしたわりとすぐ後、だったと記憶している。

当時通っていた、山梨県長坂町(現在の山梨県北杜市)の小泉小学校の校舎の窓からクラスメイトたちと曇る空を見上げながら『きっと死の灰が降ってくる』と不安を囁きあったものだ。

そしてその事故の同年か翌年に、四国の最西端に建つ伊方原子力発電所で、とある実験があった。

出力調整実験、という実験だった。

市街地などで電力消費の落ちる夜間の間、出力を100%から約50%に落として、また消費の上がる夜明けと共に出力100%に戻す。

という技術的な実験だったのだが、原発の炉心は簡単にいうと、本来は稼働率100%、つまり絶対にフルパワーで回していないといけないものだ。

それを100%では何だからと、稼働率を人の手で、出来れば毎晩上げ下げするという。
技術は、まだ追いついていない。

炉心のひとつひとつは広島や長崎に投下された原爆の数倍以上、核爆弾とまったく変わらないかそれ以上の破壊力を持っていることなど周知の事実。

ましてや炉心のなかは絶えず核分裂を起こしていて、ただでさえ『すこしづつ爆発』し続けているのだ。

それを技術がそこまでしっかりと追いついていないのに、そんな実験をするなんて、とさすがに小学生の僕でもとんでもないことだと感じた。というか、単純に恐怖だった。

そして、まさに、その出力調整中に、あのチェルノブイリは爆発したのだ。

母親からその話しを聞いたときは、ぞっとした。

それを、日本でやるという。

ついこないだチェルノブイリが同じ実験をしていて大爆発をしたというのに、やるという。

母たちは全国から仲間たちを募って、その実験を止めてもらう様、即刻四国電力に行くと荷支度を始めていた。自分も行く、と言った。そう言ったか、勝手に車に乗ったかよく覚えていないが、とにかくそのまま車で八ヶ岳から四国へ出発した。

学校は、休んだ。

全国から四国は高松にある四国電力本社前へ実験中止を訴えようと、数えきれない人たちが座り込みに集まっていた。

どうか実験をやめてください、と。

結果からいうと、実験は行われた。

実験が成功したから、今現在では日本全国にある55基の原発の炉心は毎日毎晩、絶えずその内部で核分裂を起こしながら稼働している。

例えが極端だが、55個もの核爆弾が人の手で爆発を制限されながら、いつどかんといってもおかしくない状態で爆弾の周りを取り囲む海水を沸騰させて、日本各地で唸りを上げてタービンを回して発電している。膨大な放射能を海と大気中にばら撒きながら。

これは単純な事実であって大袈裟ではない。最近、原子力はエコ。という広告を見かけるが、少なくとも僕はそうは思えない。

さて80年代後半の高松、四国電力本社前。

僕たちは座り込みを続けていた。

座り込み、といってもずっとそこに座っているだけではなかった。簡単に言うとテントでの共同生活。

勿論風呂には入れないが、お母さんたちは持ち寄った食材を分け合って料理をしたり、公民館の水道を借りて洗濯をしたりして、お父さんたちは電力会社の前で反対を訴え続け、子どもたちは適当にそのへんで遊んでいる。

見た目はいたってのんびりしているが、どこか皆そわそわしている。

そんな様子だ。

そして、実験当日の実験開始時刻まであと一時間ほど。

現場がやはり、荒れ始めた。

声を荒げる人が増えはじめた。

自分の親たちも、慌しく荒々しく声を上げはじめた。

伊方が爆発する。

お願いだ、やめてくれ。

それが、やめろ、に変わり、恐怖と興奮と怒りとが入り混じった不穏な空気があたりを包みはじめた。一触即発の空気。

無論警察が介入、そしてなぜか機動隊が群をなして押し寄せて来た。

当たり前だが、生まれて初めてそのときに機動隊を生で見た。

人数は正確には覚えていないがこちら側の約200名から見ると多勢に無勢なのは明らかだった。

今になったからよくわかるが、怒りのパワーは対象物があると増幅して、伝染する。

こちらも怒り。あちらも怒り。
遅かれ早かれ衝突が起こる、と感じた。

最初、機動隊員はずらりとフォーメーションらしきものを組んだ。

親たちの動きを封じるためだ。

最初は電力会社の方々に訴えていた親たち。

電力会社の方々がどう思ったかはわからないが、おそらくは警察に通報。それだけでは手に負えないので、機動隊が出動。流れでいうと、そんな所だろう。

実験開始まで、あと数十分。

親たちは、機動隊員にも説得をはじめた。貴方たちの家族も関係していることなのです、と。

僕も、誰それ構わず隊員に訴えた。

実験開始まで、あと十数分。焦っていた。

学術的云々はわからないが、こわいからやめて、ぐらいは言える。

そのときの機動隊員の方の表情をよく覚えている。

冷徹な目だけで、僕を見下ろしている。勿論ニコリともしない。そして微動だにしない。

表情一つ変えず。

実験そのものも怖かったが、その顔も、怖かった。

少なくとも、自分がそれまで関わってきた大人のなかにはそんな表情をする人はいなかった。

実験開始まで、あと数分。

突然、あちこちで怒号が上がった。

初めて聴いた、普段はとても優しい親たちの怒りの声。

悲しかった。本当に悲しかった。

そうか、もう死ぬのか、とも思った。ただ、悲しかった。

その瞬間、誰かに突き飛ばされて地面に叩きつけられた。

やはり、武力による衝突が始まったのだ。

急いで起き上がるが、身体の小さい僕は圧倒的に非力だった。

あたりはカオス状態だった。

今度は機動隊員の膝蹴りを喰らった。

また冷たいアスファルトの地面に顔面から叩きつけられた。

ラジ!!と聴いたことのある声が聞こえた。ラジというのは、僕の洗礼名で、親たちにはこう呼ばれる方が多い。

顔を上げると、子供になんてことするんだ!!と僕を助けようと手を伸ばして叫んでいる西荻窪で無農薬野菜の八百屋を営む親(一括してそう呼びたいと思う、僕には沢山の親がいると思っている)がいた。一瞬だが、知った顔を見つけて安心した。

その矢先、機動隊の警棒が彼に叩きつけられ、彼は苦痛に顔を歪めてその場に倒れ込んだ。

あんなに優しい笑顔しか見たことのなかった人間が見知らぬ人間に殴られて、苦痛に顔を歪めている。

全部がスローモーションだった。

自分の母親を探した。

遠くに見えた。騒乱に巻き込まれていた。誰かに殴られたのか、痛そうな顔をしていて、尚且つ機動隊の警棒が母を襲おうとしていた。

助けに行かねば、と立ち上がった。僕がいった所でたいした助けにはならないのだが、とにかく息子の本能というやつだろうか。

その瞬間、今度は自分が警棒で右肩あたりを殴られてまた倒れた。

このくそがきが!!

と聞こえた。地面に丸くなって防御体制に入っていた僕の横腹を何人かの隊員に蹴られた。息が出来なかった。そうか、僕はくそがきなのか。そんなこと、初めて言われた。

安全靴のつま先の鉄板があんなに重くて威力のあるものだとは思わなかった。左頬に鉄の冷たさを感じた。後頭部を厚いブーツの底で踏んずけられた。何人の隊員に踏みつけられただろう。

読者の方々の、どれ位がご覧になったことがあるかわからないが、僕が以前に出演した未成年というドラマのなかで、似たようなシーンがあった。
雰囲気でいうとまさにあんな感じだった。あの時見た光景も。その撮影中は、伊方のときとそっくりだと思っていた。

終わらないカオス。

痛みは、感じなかった。

身体の痛みより、喧嘩も嫌いだったし、親にも決してぶたれたこともなかったから、正直、殴られたということへのショックの方が大きかったんだと思う。

基本的に大人は子供を殴らない。

そう思っていた。

言い方が正しいかどうかわからないし、そのとき自分が居た場所も衝突のカオスの中心でよくなかったのだろう。
だが、自分が今その大人にぼこぼこにされて、踏みつけられて、蹴り飛ばされている。

これが、日本という国なのか。

と、徐々に襲ってきた身体中の痛みに耐えながら思った。なんで大切な人たちがこんな目にあうのか。なんでだ。

政治的云々は当然よくわからない。

自分たちにとって邪魔な存在であれば、その子供でも、あんなに狂気じみた笑みを浮かべて殴りまくっていいという法律があるのかと思った。

勿論、今考えればそんな法律などないのだが、それが負のパワーの連鎖というものだろう。

実は、誰も望んでいない負のパワーの連鎖。機動隊員だって、本来であれば、冷静であれば、子供を殴る蹴るなど、したくもない筈だ。負のパワーは人をおかしくさせる。

そして、実験開始時刻。

突然、騒乱は収まった。

収まったというか、親たちが動きを止めて皆、一斉に地面に伏せたのだ。

無言の祈り。無音の時間。

そして実験は成功し、爆発は起こらなかった。

これが、僕が原発、というものに本格的に興味を持ったきっかけだ。

何か、矛盾していると。
なんで、あんな殴り合いまでして作らなければならないのだと。

あれから数十年、時代は様変わりして、電力供給過剰気味になった日本。

だが今も原発が増えようとしている。もう充分に足りているというのに、だ。

以下が現在建設予定、或いは建設中の新しい原子力発電所だ。

山口県上関原発。

青森県大間原発。

福島県浪江・小高原発。

宮崎県串間原発。(是非を問う住民投票:2011年4月10日)

そしてその各地には建設反対を訴える心強い方々がいる。最初の方で述べた上関では、あの頃と全く変わらない現実が起きていて、真夜中の奇襲工事反対を訴えた上関近くの祝島のおばあちゃんが作業員ともみ合いになり、怪我をされ、まだ入院中だそうだ。早い回復を祈るばかりだ。

でも、今日や明日にでもまた工事が着工されるかもしれない。
そうしたら、また衝突が起こるかもしれない。

こういうことは残念ながら、なかなかテレビのニュースでは取り上げてもらえない。

様々な大人の事情があるのかないのか、本当のところは昔も今もわからない。

だが僕が一緒に仕事をしている、とある局の人間は上関の事は全く知らなかったと言っていて、その事実を伝えると、いちマスコミの人間として恥ずかしく思う、と言っていた。

決して恥ずかしくなんかない。

知ってもらえただけで、充分だし、これから解決していくべき問題は山積みだ。それには一人でも多くの方に知ってもらえればと思うし、彼のようなマスコミの人間であれば、尚更だと思う。賛同を得られたら、強い。

これからは自分も、真実を伝えるマスコミの人間としてこういうニュースに目を光らせたいと思います、と彼は言ってくれた。

それだけでも、本当に嬉しい。

また、先日話しを聞かせていただいたジャーナリストの方は、それもそうだが、もっというと政治家の方も、テレビ局の方も、単純に知らないだけなのだと言っていた。特に操作したりされているのではないと。

だから、決して彼らをせめるべきでは無いと。僕もそうだと思う。

誰かをせめるのは、もう止めたい。負の連鎖を起こさずとも、変えて行ける時代になって来たのだ。みんながみんなの立場を考える。それで、考えて変えていく所は変えていく。いける。少なくとも、そう感じた。

誰かが誰かをせめるのではなくて、双方皆で解決策を提案しあいたい。

それが出来るようになって来ているような気がしてならない。

政治家のなかにも脱原子力を訴える方々も増えて来ているし、著名人や有名人、文化人の方々の中にも数多く見られる。

本当に心強い限りだ。

世界的には、脱原子力はマストな事項として進んでいる。環境破壊の他に、維持費がかかり過ぎるし、とにかく時代遅れだというのが主な理由だ。

そして、今はWebやTwitterというものがあるし、リアルタイムにどこで何が起きているのかは瞬時にわかる。

その都度、アクションを起こして一人一人の個ではなく、皆で考えて行くことで、何が必要で何が必要じゃないのかと云うことも自ずとわかってくるのではないか。

そこまでして自然や生態系や地元の方々の豊かな生活を破壊してまで新しい原発は要らない。

脱原発を訴えて、よく言われる代替電力はどうするのかという事に関していえば、地熱、風力、水素などにシフトして行けばいい。

特にR水素という技術が一番クリーンで効率的だと個人的には思っていて、この分野はもっともっと伸びて欲しいし、注目されて欲しいと思う。

さて、これらの事を人ごとと捉えるか、自分たちのことと捉えるかは勿論自由だ。

これだけ書いてきただけでも、千あるうちの一か二ぐらいだが、ひとまず、原子力発電というものについて、自分の体験談を含めながら振り返ってみた。

一人でも多くの脱原子力の同意を得られたら、嬉しく思う。

でなくともせめて、知ってもらえるだけでもこれからがだいぶ変わって来ると信じている。

すべて今、現在進行形で起きている事だ。


読んで下さって、ありがとう。
愛ある日々を!!


No Nukes One Love.


壱成

2011/03/03

1968

いま、起こっている事に目を向けていますか?

正面から向き合っていますか?

世界中、日本中、地域、身の回り、自分の細胞の中

ちゃんと自分の目でみて、自分の頭で考えていますか?

どう考えても、おかしな事、いらないもの、不条理な事

ちゃんと、声を上げて自分はこう思うって言えてますか?

言い合える仲間がいますか?


今、特に身の回りでの話題と言えば、山口県の上関原発の強行工事

この工事が、どうやらあるらしいという情報をもとに

実際に現場に向かった仲間、頭で考えるより先に行動をしている熱い仲間

最初は私は、なんでも反対をしたい人たちかと思った、、、

だけど、行った仲間は「ただ、なに起こっているあ自分の目で確かめたい」

「普通に考えておかしい」「原発のために奇麗な自然が壊されるのはゆるせない」

「みんなで行けば、状況が変わる、状況が変われば、事態も変わる
 事態が変われば、ニュースになる、ニュースになれば世論がかわる
 世論がかわれば、世界が変わる」

その、すべての考えは私の中にある考えと全くかわらなかった。


現場に行った仲間の代わりに働いたCinema Amigoで丁度上映していたのが

【ANPO・アンポ】


戦後から1960年代、そして日本中が反対しているにもかかわらず

日米安全保障条約が調印され、歴史的な最も不自然な自然成立。

その時代の事、オキナワの事、基地も事を含め

今まで知らなかった、日本人の熱い魂を感じる事ができた

真のドキュメンタリー。

今のこのやる気の無い世の中、若者はもう頭で考えるのをやめて

ただただ、列をはみ出ずに歩くその姿。。。

でも、私を含め、私の回りであったり知っている人は

本当に熱くて、純粋で、とてもしっかりと生きている

お金じゃなくて、愛で生き愛に生きている。



この、ドキュメンタリーのなかで加藤登紀子さんを

改めて知り、びっくりした、本当に素敵な女性だと思った。

やさしそうな、あの笑顔の下に、底知れない情熱と

何にも屈しない、自分の意志を感じ、そしてそれと同時に

流れ出すような大きな女性らしい愛情に包まれいるのも。

映画の中で、登紀子さんの歌「1968」がかかる


 世界中が産みの苦しみに震えていた 誰もが輝いて生きる世界を夢見て
 命がけで愛し命がけで祈った 喜びの歌を歌いながら

 午前零時の新宿歌舞伎町 ジャズバー渚で聞いたコルトレッド
 泣きながら踊っていたアメリカンソルジャー 
 明日戦場へ出て行くアメリカンソルジャー

 1968 1968 1968 68 68

 
 ベトナムの空に撒かれたエージェントオレンジ 森も川も畑も汚されてしまった 
 何の為に戦い人を殺すのか 迎えのない戦争が続いていた
 
 町中に溢れるステューデントパワー 
 自由を叫ぶステューデントパワー
 
 戦争のいらない未来のために 
 世界を変えよう今ここから

 1968 1968 1968 68 68




1968 to 2011

今の時代との共通点

学生運動の最中に感じた無力感

子どもたちは将来に不安を感じている

大きなものに流されて抵抗できない

その孤独感は現代と1968年にとても似ている

ロバートケネティーが暗殺されて、メキシコオリンピックで黒人が立ち上がり

ベトナム戦争真ただ中、学生運動がピークを迎え、、、、

その時代が、世代が作り出したものは何だったのか

歴史的に見れば、ただの敗北のようにも見えるが

加藤登紀子さんは

「今のサブカルチャーを作ったのは68年ピープル
 コンピュータを作ったのも、この世代の人。
 是非、今の若い人にこの時代になにが起こったのか知ってもらいたい」

原発問題もそう、今ここで今の時代で変えないと

この先、もう先が見えてしまう

この時代の、戦争、今の時代の、エネルギー問題や環境問題

そうだ、今は1968と2011なんだ。。。



「ばか騒ぎでもいい、溢れてくるものを押さえないで」



野に咲く花がたとえ枯れ落ちても

希望の種は生き続ける

生きている今が、今日が明日を開く

生きていく命が、明日を変える

1968 to 2011