2010/12/03

じぶんのなかのたいせつなもの

自分にとってヨガというものは何か考えさせられる出来事がありました

あまり気持ちのよい方面からのアプローチではなかったのですが

ヨガという、私の中ですごく神聖というか

土足では踏み入れられたくない場所でというか、

神棚に供えてある何か家宝みたいな、、、

だから、あまり私は進んでは、

「わたしヨガ教えています」

とはいわないんです。

いや

いうかもしれないけど、、、


例えば同じ職業で

同業であるのが恥ずかしくなるような

そんなかたに、そこまでではないけど

会ってしまうと、自分が動揺してしまいます


今、動揺して感情的になってしまっている

自分とはなんぞやと考えています。


ゴシップ話よく聞きますよね

人のうわさ話よくしますよね

あの人はあんなにすごいんだよーとか

そんな方法で、学んでいったんだよーとか

ならいいんですけど、全然生きない話題をつらつらと、、、

はい、わたしも気をつけてはいますが

意識の甘い所で

暇にかまけて話しちゃっている事もあるんでしょうね

ただいえるのは、目の前でおこる事

には学びがあり、

出会うひとは自分の鏡。


ということは、

わたし自身、今一度ヨガという、敬い、ただ尊敬するものを

わたしの体に、生活の一部に、名前の端に、

すこしばかり添えさせて戴いているのならば


最大の敬意と、ヨガという名前に対する責任を

自分の中でもって生きて行かなければ

はずかしいと思いました。

須藤元気さんの本のどこかに

自分自身がうわさ話をやめたとたん

自分の周りからはうわさ話がなくなる

的な内容があった気がします。

そして、それを読んだ時にヨガの根本経典

ヨガスートラの中にある教えの1つに

「アヒムサに(非暴力)徹するもののまわりでは
  
  すべての攻撃がやむ」

ということと同じですね。


気づきをくれた時と、その環境、

要因となった人々に、最大の感謝を

それを噛み砕いた自分自身にも

少しばかりの感謝をこめて寝る事にします


家のそとは雨音が強くなっってきました

風の音や、雨の気配は

自分が自然に囲まれているという事を

思い起こさせてくれます


忘れちゃいけないけど

すぐ忘れちゃう事ありますよね


今日はジョージの誕生日

お父さんお誕生日おめでとう

産まれてきてくれて、ありがとう

そして、わたしを作ってくれてありがとう

娘は色々迷惑をかけながらも

毎日幸せに暮らしています

基本、そーとー幸せです

ありがとう

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